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2012年5月16日 (水)

市民参加条例、またも市議会で決められず、違憲状態続く。

3年ほど前の平成21年3月市議会において、流山市の最高規範(市の憲法)として、流山市自治基本条例が可決され、同年4月1日から施行されている。

http://www.minna-na.org/jichi/jitikaisetu2.pdf

同条例では、第11条において、市政への参加は市民の権利であり、政策の立案、実施、評価の各段階において、参加の権利を有すると規定している。

また、第13条において、行政と議会に、上記の市民の権利を保障するため、多様な参加の機会を設けるという努力義務を課している。

そして第16条において、上記を担保するために、別途、市民参加条例を策定する事を命じている。

これを受けて市の行政当局は(やや時間がかかりすぎたが)昨年12月市議会に「流山市市民参加条例案」を上程したが、市議会はこれを可決できず“継続審議”として、本年3月市議会に“先送り”となった。

ところが、驚いたことに、3月市議会においても、議会はこれを決められず、次回の6月市議会にまたまた“先送り”となった。

3月市議会では「この条例案を否決すべし」という主張(市案否決派)と「議会で修正案をつくるために継続審議とする」という主張(継続審議派)に収れんし、後者が多数となり“継続審議”となった。

自治基本条例に自分たちで定めた事を3年間も実施できていないという自覚を行政当局はもとより、特に議会は持つべきである。

事はほかでもない主権者市民の市政への参加という基軸の問題である。

なお平成24年5月15日づけ「流山議会だより」が市民に頒布された。

(「議会だより」はいっときより、ずいぶんと読みやすくなった)

この8面の「議員別評決結果一覧」の最初に「流山市市民参加条例」が出ている。それによると下記の通り。

継続審議に賛成した議員:菅野、植田、笠原、加藤、楠山、西川、森、徳増、酒井、宮田、藤井、山崎、小田桐、松野、青野

            乾 (以上16名の議員)

市案を否決する立場から継続審議に賛成しなかった議員:

              斉藤、阿部、中村、松田、中川、海老原、根本

              松尾、秋間、伊藤、田中(以上11名の議員)

以上、この問題の今後の成り行きを注目する。(東部の人)

2012年4月26日 (木)

心に響く数々の出来事

流山市福島県人会が、流山市・社会福祉協議会、12市民団体・事業所のご協力を得て、過日4/8()に開催した「東日本大震災1周年追悼イベント」は、避難者51名、一般・県人会114名、合計165名の参加を得て盛況のうちに無事終了しました。


 犠牲者への黙祷に続いて筝と尺八の厳かな演奏からスタートした追悼コンサートは、避難者代表の先導による民謡合唱にて一気にリラックスムードになり、続く追悼講演・講話3題も、皆さん時に涙を浮かべ、時に笑い、時に頷きあい充実のひとときを過ごされていました。

昼食には、各団体のご婦人方が前日から入念に準備された「栄養素の整ったお弁当」「B級グルメ浪江やきそば」「豚汁」などが用意され、参加者の皆さん美味しい料理に舌鼓を打って自然と笑顔が溢れていました。別室では、家庭教師による学習体験、個別カウンセリング、各種セラピー、市民団体の活動紹介がなされ各室とも夫々に賑わいを見せていました。これら盛りだくさんの企画を予定通り進行できましたのは、参加者の皆さん及びスタッフの並々ならぬご協力の賜物と感謝申し上げます。

今回の企画は、被災地では1周年を迎えて様々なイベントが繰り広げられているのに東葛地域に避難してきた方々はテレビを見ているだけでは余りにもお気の毒との考えと1年が過ぎても福島県人会は避難者の方々に寄り添った支援活動を継続して実施しますとのメッセージを発することを目的としてスタートしました。

スローガンの「支え支えられてお互いさま」は、福祉先進国スエーデンの「オムソーリーの法則」に倣いました。人生には嬉しいこと楽しいことが一杯あるが、辛いこと苦しいこともたくさんある。このような時には「悲しみの分かち合い」相互互助精神で乗り越えていこうとの考えです。また、「オムソーリーの法則」には、支えることの出来る喜びの意味も含んでいます。この言葉に接して、今回のイベントのテーマにはぴったりと感じたからです。

支えたり、支えられたり、お互いさまなのだから、胸襟を開いて遠慮せずに一緒に前を向いて歩きましょうとのメッセージを込めさせて貰いました。

今回の追悼イベントを通じて数々の感動的な出来事に出会うことが出来ましたので、幾つか紹介します。

(1)  追悼コンサート、追悼講演、昼食の調理とふるまい、個別カウンセリング、家庭教師体験、各種セラピーなど数多くのイベントを企画しましたが、これらは全て皆さんの申し出によるボランティアにて行われました。一例として、「健康を育てる会・流山」に市民団体活動紹介を相談しに行ったところ、避難者への「栄養素の整ったお弁当」の提供や保健師による放射線から身を守る食生活の講演及び個別健康相談、はては、保健師の娘さんご夫妻による「筝と尺八の演奏と民謡合唱」の提案をいただきました。思わぬ展開にすっかり感激してしまいました。

(2)  イベント当日に、向小金に住む93歳の男性が90歳になる奥様と一緒に作成した折り紙による小物入れを沢山持参してくれました。色鮮やかでカラフルな箱の中には、メッセージと一寸した小物グッズが入っていました。100ケ以上持参いただきましたので、避難者の方達ばかりでなく、一般参加者の方にもお分けしたところ皆さん大喜びでした。93歳の男性の方は、ご挨拶のなかで、「卒寿過ぎ、好きな折り紙 お役に立てば」と披露されていました。因みに、私がいただいた箱には、今評判のプラスチックタワシに「絆とは むずかしきことなく すぐそこに」のメッセージが添えられていました。ご夫妻の豊かで心温まるお気持ちに出席者全員深く感動した次第です。

(3)  受付の隣にひっそりとチャリテイ募金箱を置かせていただいたのですが、あるお婆ちゃんがカラフルで品の良い厚手の生地に梱包したまま募金をしてくださいました。開けてビックリ、なんと500円硬貨が200枚、10万円が入っていました。長い年月をかけて貯金していたのでしょうが、これを惜しげもなく提供してくださいました。そのお気持ちに関係者一同感激です。尚、他にも沢山の皆さんから募金をいただき、募金総額は166,482円でした。皆さんの真心のこもった浄財です。避難者の為に大事に使わせていただきます。

(4)  昼食は、避難者と流山の交流の場と位置付けてお互いに自慢の料理をおもてなしいただきました。避難者からは、「B級グルメ浪江やきそば」と「女川かまぼこ」「自家製タクワン」、市民団体からは、「栄養素の整ったお弁当」と「豚汁」ならびに地元の農家から「新鮮いちご」の差し入れです。ここでは、ご婦人方のパワーに圧倒されました。少しでも温かく美味しい食事を参加者に召し上がっていただこうと200食近い量を前日から仕込み、調理に勤しんでおられました。その献身的なお姿に感動です。ご尽力いただいた4団体「避難者JETRO居住女子会」「健康を育てる会・流山」「パートナーシップながれやま」「流山市福島県人会婦人部」の皆様ならびにお手伝いをいただいた数多くの皆さんに改めて感謝申し上げます。

これ以外にも多々ありますが、本当に思いがけない感動の連続でした。そして、若いころに読んだ本の一節「人生は小さな感動をより多く得た方がより幸せになる」の言葉が思い浮かびました。これらは、お金では買えません。人と人とのつながり、関り合いの中で生まれてくるものでしょう。
避難者のお一人から、「たくさんの同郷の方といろいろな話を出来たのが何よりも嬉しかった」との感想をいただきました。私達の活動が、人と人とを結ぶ「絆」の役割として貢献できているのであれば嬉しい限りです。そして、流山はいい街だねと皆さんで話し合いました。

   H24.4.26 西部の人

2012年4月16日 (月)

流山市役所・・・・有能な若手職員、あっぱれ

流山市は市の公共設備(市役所や公民館、図書館、学校など)の大部分の電源を東京電力から買うのを辞めPPS購買に切り替えたという。

※PPS

電力会社以外からは、特定規模電気事業者(以下「PPS」という。(PPS=PowerProducer&Supplier))といわれる電気事業に新規参入した電力供給者から購入することができます※

従来は東電からの電力購買でした。

電力の独占的な供給体制でした。

でも、流山市の市民は東電の福島原発の事故により、放射能に汚染された被害者。

その加害者は東電。

そのような会社からは、電力を買いたくはない。

いろいろと損害を補償してほしい。裁判してでも。

すでに市は何億円か発生した損害の補償を東電に求めている。

PPSに切り替えたのは、コストも考えた上と思います。

この迅速な行政を行ったのは、市長以下市の行政ですが、起点になったのは、一人の有能な若手職員です。

この職員に一市民として、「あっぱれ」と言いたいです。

                                (東部の人)

2012年3月31日 (土)

街づくり条例が可決・・・・平成24年第一回定例市議会(3月議会)

3月市議会が終わりました。

平成24年度の市の予算が審議され可決されました。

ちなみに放射能対策に14億2700万円の予算となり、人口比率などを考えると柏市並みの予算計上と思います。

予算委以外にも重要な議案が審議されましたが、特筆すべきは「流山市街づくり条例」の可決成立です。(平成24年10月1日施行)

この条例は土地や建物など都市計画的な意味での“街づくり”に関して流山市のルールを定めているもので、“住民自治”を基本理念としている流山市自治基本条例に沿って策定されました。

市民による「街づくり提案」制度「地区街づくり計画」制度などが綿密に設計され規定されています。

また大規模土地取引行為(3,000平方メートル以上)の届け出義務(契約後14日以内)、大規模土地開発行為者の行政、近隣住民への事前説明責任など、土地・空間の公共性を尊重していると思います。

市長への具申権限を持つ「街づくり委員会」(有識者、公募市民、職員から成る)が大きな役割を持つ事になるだろうと思います。

条例文と解説は下記からご覧ください

http://www.city.nagareyama.chiba.jp/section/toshikei/02taisakukakari/machidukurijorei/joureikaisetu.pdf

                          (東部の人)

2012年3月 2日 (金)

「市民参加条例」・・・またも“継続審議に”――市議会

3月2日10時~13時・14時~16時の市議会の市民参加条例特別委員会を傍聴しました。

「市民参加条例」は、3年前に施行された「自治基本条例」(流山市の最高規範=市の憲法)において、市政への市民の多様な参加の権利を保障し、この目的にかなう条例を定める事を市(行政と議会)は義務付けられているものです。

 自治基本条例の策定にあたり、3年半ほど市民協議会の原案起草部会長としてリードしてきましたが、施行後すでに3年、いまだにこの基本条例に規定した、多様な「市民参加の権利」の保障のための条例、政策や施策への市民の「提案をする手段」の確保(以上は「市民参加条例」にて定めるもの)、常設型の「市民投票条例」は策定されておらず、いわば、「市の憲法への違反状態」であります。

昨年の12月市議会にパブリックコメントを経て、市長からこの条例案が市議会に上程されましたが、結果は、「継続審議」でした。

本日の特別委員会を傍聴して、なぜ「継続」となったか、わかりました。

市議会議員の多数は、「市民の代表としてのわれわれ議員がいるから、なぜこれ以上に市民の声を聴く必要があるのか?」(本日の森議員の発言の趣意から)との観念がある事。

それと市長から出されたこの条例案への正確な理解が出来かね12月議会では「継続」と見ました。

本日、千葉大学法経学部の関谷准教授(この条例案の策定の「検討委員会」の助言者)と法政大学法学部政治学科の廣瀬教授をこの委員会に呼び、委員会の議員の“勉強”の場となりました。

また、「(元)検討委員会」(有識者と公募市民で、この条例案の原型を提言した。その後解散)の内、5人を参考人として呼び、質疑応答をしました。

松野委員長以下全部で7人の委員ですが、多くの委員は「勉強になった」「参考になった」などの感想を述べていました。

昨年の12月に提案された条例案に対し、今におよんで、「勉強になった」とはどういう事なのか?議員の資質の低さに驚きました。

委員会(8人・委員長は採決には入らない)の結論は

本条例案を否決すべし・・・・田中委員、根本委員

本条例案を(再度)継続審議する・・乾委員、西川委員、加藤委員、楠山委員、青野委員

なお、「継続審議」に賛成した委員の中には“ほんとうは、市の案に賛成したいが、そうすれば、反対論が多数になるかも”との思惑もあったと思います。

いずれにせよ、“違憲状態”に甘んじて恥じないのは、国政も、流山市政も、同じですね。(ただし、国会の議論と流山市議会の議論は、大学と小学校ほどのレベルの差はありますね・・・傍聴して実感する次第です)

                         H24.3.2 「みんなの流山」土屋善雄

2012年2月25日 (土)

支え支えられてお互いさま

 流山市に限らず大都市近隣地域の共通の問題として、「孤独な高齢者及び要介護者への対策」「地域ぐるみの子育て実現」「防犯・防災対策の再構築」が挙げられます。
 私は、それら諸問題の解決には夫々の問題を独立したものではなく相互に密接な関係をもたとして捉え、横串で刺す役割を有するものの存在が必要であり、それは、「人と人」「行政と住民」を繋ぐ情報ネットワークであると思っています。そして、それらを実現する単位として自治会の活性化が喫緊のテーマと位置づけています。

 情報ネットワーク構築は、手段としてのインターネット活用は当然として、情報伝達に関する人と人とのネットワークを万遍なく構築して、お互いに声を掛け合い、助け合う体制を作り上げることが最も必要ではないでしょうか。

 その際のキーワードは、「支え支えられてお互いさま」の精神にあると思います。最近、私自身が体験・見聞にした中で益々その思いを強くしましたので、ご紹介します。

 先ず、、「孤独な高齢者及び要介護者への対策」に関してですが、数日前に市役所の坂を下りた場所に立地する「流山市ケアセンター」で感動的なシーンを目の当たりにしました。
 用事を終えて車で帰ろうとしたところ、ディサービスを終えて帰宅につく複数のご老人を乗せたマイクロバスが玄関に停車しており、介護士と思われる中年の女性が2人が、車椅子のご老人に付き添って安全確認しながらマイクロバスに乗せていました。マイクロバスには数名の老人が乗っていましたが、マイクロバスが出発しようとした瞬間から、感動的なシーンを目の当たりにしました。

 大きな声で、「また明日ね!」と叫びながら体一杯を動かしながら大きな身振りで手を振っていました。驚いたのは、信号を左折してマイクロバスの姿が完全に見えなくなるまで続いていたことです。赤信号で暫く時間待ちしていましたから、その間2分位でしょうか。
一人ひとりに心の底からご老人を見送っている姿は何ともいえないものでした。
 お二人は、「支える」だけではなく「支えさせていただく喜び」を感じて、そのような行動をごく自然に取っているのだろうと感動し、暫く余韻に浸っていました。

 次に、大震災・原発事故に遭遇し、流山に避難した方々への支援活動の中で冬物生活用品の無償提供を市民に募った時に体験した、流山在住の人々の心のやさしさ・思いやりの心、特に、年配の方々の寛容で豊かな心です。
 決して裕福な方々ばかりではないでしょう。収入は年金だけの方々が殆どと思われます。そうしたなかで、長い人生経験の中で培った「お互いに支え・信じ・助け合うことの大事さ、尊さ」を身を以て感じ、避難者が温かい冬を過ごせるようと新品や新品同然の品々を惜しげもなく提供してくださいました。新品でない衣類にはクリーニングのタグがついていました。
 長生きすることは、心の余裕や豊かさを育み本当に素晴らしいことであると感じた瞬間でもあります。この様な支援には義援金も大事ですが、被災者の方に寄り添った心の支援が大切に思います。そして、このようなチャリテイで提供する物品に込められた思いが、"住みやすい・支えあい・思いやりに溢れたコミュニテイづくり"には何よりも大事と痛感しました。

 最後に子育てについてです。
 子育てで悩むお母さんや虐待に走ってしまった悲惨な例が相も変わらず新聞紙面を賑わしていますが、社会で活躍し自己実現を図っていた優秀なママさんに多いようです。
 この様な時に、「昔の母親は農作業をしながら家事を行い子育ても立派にこなしていた」と話しをする方がおられますが、こどもを一人で育てるのは無理と理解することが大事なのではないでしょうか。日本は村落共同体の集合であり、隣近所の絆が強かったために、家族や地域で分け合い・助け合って子どもを育てていたのです。決して、お母さんが一人で育てていたのではないのです。
 今のママさんの悲劇は核家族の中で育ち、マンション生活を強いられているために、隣近所の方々と上手に付き合ったり、気兼ねなく子どもの面倒見を頼むことが出来なくなっていることにあるのでしょう。
 そして、この問題の解決の糸口は、「支え支えられてお互いさま」の考えではないでしょうか。家族のみならず、地域ぐるみで子どもの面倒を見る環境の構築を具体的に実践していきたいものです。

 最後に、大事なことは行動に移すことであると思います。如何に立派なことを仰っても行動が伴っていないと周囲の人たちに響きません。どんなささいなことでも良いですから、自分のできることからトライしてみませんか。

H24.2.25 西部の人

2012年2月23日 (木)

子育てフォーラムin流山 「基調講演」について

 先般、子育てフォーラムin流山に参加してそのクオリティの高さに感銘を受けた旨の記事を投稿しましたが、その時の様子を6'48"の動画に纏めましたのでご視聴いただければ幸いです。http://www.na-shimin.org/w2/18-02patner/H24/H240204forumn.html

 その後、主催されたNPO法人パートナーシップながれやまの代表に会う機会がありましたので、その後の反響について伺ったところ、参加された若いパパ・ママからは大変な好評を得たそうで、継続開催のご要望が多数寄せられているとのことでした。小生からも定期的に開催して、地域・家族の皆で子育てを考える機会を設けていただくことをお願いしました。

 さて、今回は、その時の基調講演「大切なわが子の健やかな育ちのために!」について紹介します。講師は、恵泉女学院大学大学院教授の大日向 雅美先生ですが、一般新聞の人生相談の回答者の一人でもあります。

 独特の柔らかい口調で参加者一人一人に語りかけながら講演を進め、身近な事例を紹介しながら分かりやすく解説し、いつの間にか自らの世界に引きづりこむ"話の達人"でもありました。そして、夫々のテーマについて結論を明快に述べられていたのが印象的でした。

先ず、我が子を愛するコツについて下記4点を紹介されました。
one子育ては、子どもの育つ力を信じること
  親が心がけることは愛すること。我が子としっかり向き合うこと。
two立派な親でない方が良い
  自分がダメなところ、子どもが数倍優れているものが沢山ある。親は子どもより優れている必要はない。子どもの叱り方よりも褒め方の方が遥かに難しい。子どもと一緒に学び・行動することで子どもの優れている点を発見できる。
three一人で頑張りすぎないこと。
  一人で育てるのは無理。昔は村落共同体であったため家族や地域で分け合って子どもを育てていた。お母さんが一人で育てていたのではない。
four失敗を恐れないこと
  失敗を恐れるお母さんは、社会で自己実現を図っていた方に多い。仕事を辞めて育児に専念しているので成果を上げなければならないとの心理状態にあり、我が子をゆったりと育てられない。

 次に、家族で心がける点について幾つか紹介されました。
oneお母さんが方の力を抜いてホッと出来ることが大事。
 お母さんが一人になりたいのは、トイレに入りたい時でこれは30年来変わりない。これ程には子育ては大変。ささやかなひと時が確保されれば、子育てストレスはなくなる。
twoお母さんが辛いのは、話し相手がいないこと
 いつも使っているのは接続詞のない単語。ご主人に話を聞いて欲しいが、結論を求めてはいない。問題は、夫から反応がないこと。
three父親は育児のお手伝いではダメ。一緒に悩むことが必要。
  妻の人生にアンテナを張って、関心を持って欲しい。「どうしょうか」って、何で一緒に考えてくれないの?
four年長者の子育て支援は説教でも教えることでもなく、「傾聴」。
  じっと耳を傾け、10個の目で言葉にならない思いを感じ、心で受け止める。

 最後に、地域社会で子育てについて考える際のヒントを与えてくれました。

 福祉先進国スウェーデンは高福祉高負担で有名ですが、何故国民が高負担に耐えているのか、そこにはオムソーリー」の言葉がありました。オムソーリーは「悲しみを分かち合う」との意味があり、人生には喜びも沢山あるが、辛いことや悲しいことも沢山あるので、それを皆で分かち合おうとの人生哲学です。
 日本で言えば、、「支え支えられてお互いさま」ですが、同時に、支える立場の人は「支えさせてくれてありがとう」の感謝の気持ちを持つことが地域社会には大事との提言です。

 小生も、震災直後から避難者支援の活動に従事している一員として、最後の言葉は実感として理解できます。チャリテイ物資募集の際に強く心に残ったのは、年配の方々の「お互いさま」のやさしく寛容なお心です。

 子育てや独居老人の問題、介護ケア、防犯・防災などの諸問題に立ち向かい、住みやすい地域社会を実現する上で、「支え支えられてお互いさま」は、キーワードになるのではないでしょうか。更に、夫々の方が「支えさせてくれてありがとう」の精神まで高めていくことが困難な諸問題を解決する糸口になるような気がします。

 流山市は、地域社会の再構築について小学校区分のモデル地区にて種々トライしているそうですが、是非このような視点も考慮に入れて欲しいものです。

H24.2.23 西部の人

2012年2月12日 (日)

子育てフオーラムin流山について

1週間前の2/4(土)に、中央公民館で開催された「子育てフオーラムin流山」に参加しましたが、内容・進行・会場の一体感醸成・子ども達の面倒見など素晴らしいものでした。小生が流山で見聞したなかでもトップクラスであり、流山でもこのようなフオーラムを開催できるようになったことに対し、素直に感動しましたので紹介します。

主催者の「NPO法人パートナーシップながれやま」の代表は日頃より懇意にさせていただいている女性ですが、某市役所在職中から男女共同参画事業に関与され、その類稀なリーダーシップと行動力で、最近、NPO法人化を実現しました。また、流山市の事業推進に大きな貢献をされています。それらが評価され他の地域から講演依頼が相次ぎ、視聴者に優しいプレゼンテーション力を身に付けたいとのご希望により、ときどき小生がお手伝いをさせていただいています。

ここまで来るにあたり一番苦労したのは、活動資金の確保と伺っていましたが、近年、やっと市より補助金を受けることが出来、活動の幅が前よりも広がりを見せています。

先ず、フオーラムの会場ですが、2つの工夫がされていました。

one会場内が横長でレイアウトされていました。前面に講演者やパネラーのテーブルが用意され、椅子は4列に横に長く配置されていました。演者と視聴者との距離を縮め一体感を醸成するための心憎い演出です。
two幼児を預かる部屋を用意し、若いパパママが安心してフオーラムに参加できるよう配慮されていました。幼児は子育てボランテイアの方々が面倒を見ますので、安心して預けられます。

次に、フオーラムの内容ですが、3部構成になっており夫々が充実した内容でした。

≪第1部≫調査報告「流山のパパ70人に聞きました」
 300pix_2 今回のフォーラムに合わせて、32頁からなる冊子「"男"の子育てin流山」を発行しましたが、その中から、流山のパパ70人に聞いたアンケート結果の報告がありました。「子どもとの関り時間」「子育ての楽しさと育児の得意分野」など5項目についてアンケートの結果分析がありましたが、ママ友と共に新たな人と人との関係が築けるパパ友づくりを支援していく大切さなどが提言されています。
 尚、冊子購入をご希望の方は頒布価格200円で斡旋しています。近々、「NPO法人パートナーシップながれやま」のHPよりお申込みできるようになりますのでご利用ください。

≪第2部≫基調講演「大切なわが子の健やかな育ちのために!」
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大学院教授として母親の育児ストレスや育児不安の研究に取り組み、自ら「NPO法人あい・ぽーとステーション」を通じて、社会や地域の皆で子育てを支える活動に従事している、大日向雅美さんの講演が約1時間ありました。大日向さんは某新聞の人生相談の回答者の一人でもあります。
 これが実に素晴らしく、心に響くものでした。100人を超す視聴者も熱心に耳を傾けノートを取っているママさんを沢山みかけました。紙面の関係上、内容については次回に回しますが、人を惹きつける話し方とはこういうものかと改めて思い知りましたので幾つか紹介します。
one女性特有の柔らかで落ち着いた声のトーンでいつの間にか視聴者を講演に集中させていました。
two四方八方の参加者全員に目配り、気配りをしながら話を進めていました。
three話は、具体的事例の紹介や解説から始め、そこから結論に結び付けて行きますのですんなりと受け止めることができました。
fourポイントとなる重要なくだりは、ハッキリと断定的な表現で括り、聴くものに余韻を残し深く印象付けていました。
fiveときに、参加者との会話やジョークをはさみ、場を和ませ、一体感の醸成に努められていました。

そして、これだけの著名人を招聘した関係者のご努力に敬意を表しますと共に感謝を申し上げます。

≪第3部:パネルディスカッション「パパが笑えば家庭が笑う!」≫
 Panel300pix
大日向さんをコーデイネーターとして、育メン男性3名と専業主婦1名をパネラーとしてパネルディスカッションが約1時間に亘り行われました。
 前述の大日向さんの名進行によるところ大ですが、随時に会場参加者の発言機会を取り入れ、パネラー・会場参加者も自らの質問や意見をしっかり述べていました。会場の一体感は見事というしかありませんでした。
 流山在住の若いパパママでこのようなディスカッションをできるようになったことに対し、プチ感動した次第です。

今回のフォーラムは、「NPO法人パートナーシップながれやま」が主催で実施したものの複数の子育て市民団体との協働で自主的に企画・運営したものです。異なるミッションを掲げながらも、テーマにより共同歩調をとることにより、これだけの内容のフオーラムが実現しました。流山の市民団体も着実に力をつけていると実感できた瞬間でもありました。

尚、本フォーラムについて小生がVTR撮影しましたので主催者とも相談しながら、近々ダイジェスト版をHPから動画配信する予定です。ご視聴いただければ幸いです。

H24.2.12 西部の人

の一体感

2012年2月 1日 (水)

大地震に学ぶ地域防災の備え(2)

地域防災を考える上で、無視出来ない2つの事例を紹介します。新聞やテレビで頻繁に紹介されているものであり、読者の皆さんも既にご存知の方もおられるかと思いますが。

最初の事例は、教育現場を襲った災害として歴史に深く刻みこまれることになった石巻市大川小学校の悲劇です。やっと教育委員会が「人災」と認め、遺族に謝罪をしましたが、全校児童108人のうち68人が一瞬にして命を落とし、6人が行方不明となりました。

大川小学校は避難所に指定されていたこともあり、地震が治まった後は校庭に出ました。しかし、現場にいた11人の教員たちは、このまま校庭に居続けるか、津波を想定して逃げるとすればどこに避難すれば良いのか結論が出ず、約30分校庭に待機していました。

校舎の西脇にある裏山に逃げようとの声も出ましたが、倒木や雪があり、余震も続いているので危険などと意見が纏まらず、最終的には反対側の北上川に架かる堤防道路の方向に避難を始め、直後大津波に呑み込まれてしまったとのことです。

防災マニュアル自体は存在したものの、海岸から四キロ離れた大川小には、もともと大津波が来ると想定していず、唯一、津波を避けられたと思われる裏山を想定した避難マニュアルになっていなかったのが悲劇の幕開けになってしまったとの報告でした。

これとは正反対なのが、184人の児童が1人の犠牲も出すことがなく避難できた岩手県釜石小学校の事例です。

震災発生時に184人の児童が家庭にいましたが、子どもたちがそれぞれの判断で、高台や屋上に避難したり、避難に躊躇するお婆ちゃんを説得して一緒に逃げたりと「自分の判断で」行動して助かりました。そして、親は、「子供たちは自分で逃げている」と確信していたので、自分も逃げられたとの家族の信頼を強調していました。

何故これが可能になったのでしょうか。
テレビでは、4年前から群馬大学院教授の指導で防災教育を繰り返していたなかで、繰り返し津波の実験映像を見せていたので50cmの津波でも怖いと児童が身に染みていたと指摘していました。また、教授は「津波てんでんこ」を徹底し、「ハザードマップは人が作ったもので、実際の自然は何が起こるか分からないので信じてはいけない」「自分の命は自分で守れ。大人を信じ込まないで自分で考えて行動しろ」と徹底して教えていたとのことです。

大川小学校と釜石小学校は余りにも正反対の結果となりましたが、日頃の防災教育の在り方によってこれだけ大きな差異が発生してしまうのです。

前回紹介したボランティア青年は、「市民が広域避難場所を緊急に避難すべき場所と認識していたことで被害が大きくなってしまった。地震の後で、広域避難場所に移動する最中に津波にさらわれてしまったケースを非常に大きく聞いた。先ず、自分と周りの生命の安全を確保し、その上で広域避難場所への移動を周知させることを日頃の訓練で伝える必要がある」と指摘しています。

また、「防災、災害対策と言うと、ハード面の検証だけに陥りやすい。だが、今回の経験を踏まえれば、一番効果的な防災的要素は日頃からの意識、あるいは訓練のなどによるソフト面の防災対策が最も効果を発揮したと言える。その中でも大事なことは、有事の際の対応行動の認識の共有と、住民同士、そして行政と住民との円滑なコミュニケーションである」と締め括っています。

現地でボランティアを続けながら災害対策を考えた、重い言葉ではないでしょうか。彼には4月にあるイベントの中で、体験事例報告を行って貰うことを企画しています。自治会を中心とした日頃の地域防災の備えを再考する上で大いに参考になると思います。
4年以内に70%の確率で直下型地震が発生すると予想されている現状において、他人事ではありません。

H24.2.1 西部の人

2012年1月31日 (火)

大震災に学ぶ地域防災の備え(1)

昨年末から年明けにかけて、大震災被災者や現地でボランティア活動に携わった方のお話しを伺う機会がありました。地域防災面で共通する点が多々ありますので紹介します。

先ず、大震災被災者のお話です。講演者は、宮城県南部の漁港で朝市協同組合代表理事として震災3週間後に朝市を復活させマスコミにも度々取り上げられ、今は震災体験の語り部として全国を巡って講演活動をされている方ですが、昨年9.11にはニューヨークで震災の状況を講演も行っています。

夕方6:30からの講演は、スライドやDVDを使用しての報告が1時間強、質疑が約1時間でしたが、その迫力に参加者全員が固唾をのんで聞き入っていました。
スライドには地震が発生してから津波が襲った45分の間に、人々がどのような行動をとり難を逃れたかあるいはどうして津波に巻き込まれてしまったのかを自身の体験や生き残った人たちからのヒヤリングをベースに、心理学的側面から非常時の行動分析を加えて報告され説得力ある内容でした。

これによると、
(1)大地震が起きても津波を予想した人は少なく、地震が治まった後に自宅に貴重品などを取りに戻った人たちが、津波に巻き込まれてしまった。
(2)第一避難の公民館が危ないとの懸念から、約200m先の小学校に避難を呼びかけたが、人々は背後に迫る津波に気付かずおしゃべりをしながら移動をしその時に多くの人が津波に呑み込まれてしまった。
(3)自動車で逃げた人たちは本道で渋滞にはまり、身動きが取れなくなった状態で津波に襲われてしまった。途中の横路に逃げた人は難を逃れた。
などが報告されました。

また、行政の活動に関する点では、
(1)地震発生時点で最初は有線放送の警戒警報がなされたが、2度目の衝撃で有線放送が止まってしまった。原因はヒューズが飛んでしまった為であるが、行政は業者に業務委託しているからと自ら修理せず、結果として津波が襲ってきたときには警戒警報のアナウンスがなされなかった。
(2)日頃の防災訓練は全く役に立たなかった。情報伝達体制やハザードマップは機能しなかった。情報伝達に関する人と人とのネットワークを万遍なく構築して、お互いに声を掛け合い、助け合う体制が必要。広域避難場所に逃げることが必ずしも安全ではない。
等が指摘されました。

これらの事象から、今回の多大な犠牲者の中にはいわゆる「人災」によってお亡くなりになられた方も沢山おられたかと推測します。

避難所に関しては、
(1)震災翌日におにぎりに巻いて食べて貰おうと避難所に海苔を800枚持参したところ、市の管理職から「避難所には1200名いるのに800枚では不公平になるので認めない」と許可されなかった。市の管理職と大ゲンカの末に勝手に海苔を配って食べて貰った。
(2)支援物資の管理や配給を市の職員に担当させてはいけない。行き過ぎた平等主義の為に、目前の困難解決を最優先して行う発想が出ない。
など多くの課題が指摘されました。

これについては、流山でも東深井の老人福祉センターに避難したきた方々に温かいオニギリを差し入れようとしたら、「保健所の認可がないものは受け取れないと」差し戻された話を知人から聞いたことかあります。また、役人の超平等主義対応や防災訓練のあり方については、流山から現地で長期にわたりボランティア支援を行っている若者も具体的に指摘していました。

大事なことは、これらの反省事項を今後の防災活動に具体的にどのように活かしていくかでしょう。
近々、今回取り上げた朝市協同組合代表理事やボランテイア活動に従事していてる若者を招いて、「地域防災の備え」の視点から皆で考える会を企画したいと思っています。

 H24.1.31 西部の人

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